【オワマルmy story2】大事な選択を丸投げしていいの?

1年しか勤めていない精神科病院を辞めて、総合病院に勤めた私。

my story1はこちらから

急性期の総合病院のソーシャルワーカーとして

とある田舎の町にある唯一の総合病院。
400床以上のベット数の病院でたった1人のソーシャルワーカーでした。

とにかく・・・

忙しかった!!

院内だけで使えるPHSを持って、外来、病棟と動き回っていました。

どんどん新しい患者さんは入ってくるし・・・
病棟からは退院を急かされるし・・・

新人ソーシャルワーカーには解決できないような多くの課題をもつ患者さんが、次々と相談室に回って来るし。

力不足、やるせなさで泣いた日も多々あり。

それでも続けられたのは、

やっぱり、この仕事が好きだったから。

この仕事になるために抱いていた信念。

「病気で不安を感じる人の翻訳者のような存在になりたい」

を持ち続けていたから。

専門用語が理解できなかったり、スタッフへの遠慮で質問できず不安を抱える人がいるはず。

そういう人の力になりたい。
病院での翻訳者のような役割になろう!

そう思って就いた仕事でした。

熱く燃えていたな〜(今も同じか)

だから、
なんやかんや言って続けられたのだと思います。

ここでも、
いろんな患者さんに出会いました。

 

・お金がなくなると救急車を呼んで病院に来る人
路上に倒れていて、救急車で運ばれたけど、特に悪いところはなし。(病棟では有名な常習犯でした)市の福祉課の担当者を呼んで、次の県に行けるだけのお金(確か500円くらい)を持たせて駅まで送りに行ったり。

 

・ある日突然倒れて意識不明になった20歳の女の子
私と大して歳が違わないのに、急に寝たきりに。なぜ倒れたか原因不明で、お母さんと今後について色々話したな。「若いからって、いつ何が起こるか分からない」そんなことを考えるようになりました。その後転院されたけど、どうしているかな。

 

・病気がきっかけで離婚を選んだ男性
障害のある奥さんと駆け落ち同然で暮らしていたのに、脳出血で半身麻痺の障害となった男性。「離婚はしなくない」夫婦と、「別れさせたい」家族。悩んで悩んで彼女のためにと離婚を選んだ。一緒に保険の解約手続きしたり、ずっと暮らせる施設入所手続きをしたり。退院の日に着る服を、私が買いに行ったり。今でも思い出に残る患者さん。

 

『生きるとは』『人生とは』
を深く考える経験をさせてもらいました。

 

そして、一番考えさせられたのは

人生の最期の選択を丸投げしていいの?

ということ。

 

医師の「ムンテラ」と呼ばれる病状説明の場に、同席することが多かったのですが

多くのご家族が
「先生にお任せします」というスタンス
ということが多かったのです。

 

医師が部屋から出て行って、
「本当に理解できているか?」と確認すると、

 

あまり理解していないことが多いのです。

『先生がおっしゃるのだから、任せます』と。

その結果、
胃ろうなど医療的ケアが必要な状態になった患者さんに対してご家族は、

『こんな状態では家では看られません。
どこか病院を見つけてください』

そんな結論になることが多かったのです。

(スムーズに退院できる方や自宅へ退院できる方は、相談室へと依頼がきませんから、当然多く感じたのだと思いますが)

次の転院先探しをするのはソーシャルワーカーです。

新米ソーシャルワーカーだった私は思ったのです。

『治療法も丸投げ、最期に過ごす場所を見つけるのも丸投げ』

本当にそれでいいの?・・・と。

 

当時は、ここまで言語化できなかったのですが
それでも、何かおかしい・・・という違和感を感じていたのです。

このとき感じたこの違和感が、今の仕事の原点となりました。

my story 3へ続く

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