【オワマルmy story4】祖父母の死という「デス・エデュケーション」

介護老人保健施設の相談員の仕事を通して

「人生の終わりに生き方が表れる」

と考えるようになった私。

my story3はこちらから

2人の看取りから学んだこと

実は、老人保健施設に配属となる前の年。
つまり、病院のソーシャルワーカーだった年に、
私は、祖父母を看取るという経験をしました。

祖父の看取り

私の母方の祖父は、糖尿病から透析となり、
最期は寝たきりになりました。

祖母との2人暮らし。
自宅での介護が難しくなりました。

タイミングよく、
私が祖父母の家から1時間ほどの病院のMSWになり、

タイミングよく、
その病院には透析室がある上に、療養型病棟が新設されたため、入院させてもらうことになりました。

職員の家族とはいえ、
私は、入退院の判定会議に参加するスタッフの1人。

 

同じ病棟に入院している方に
「そろそろ退院を・・・」と促す役割でもありました。

 

もう半年くらい入院している祖父には
「そろそろ・・・」と言う時が来ていたのです。

 

そんな状況を察知していたか、
私と祖母が病室にいるタイミングで、
状態が急に悪化。

母も叔父も間に合いませんでした。

ちょうど私が翌日出張があり、
付き添いに来ていた祖母を家に連れて帰る日。
夕食後に3人で「甘エビ」を食べた後の急変。

まるで、タイミングを図ったようでした。

祖母の看取り

実は、そのちょうど1週間前。
父方の祖母(同居していて育ててくれた祖母でした)が
自宅で亡くなったのです。

その祖母の看取りもしました。

94歳でした。

なくなる3ヶ月前まで元気で、
急に具合が悪くなったので、受診したら末期のガン。

たった3ヶ月の闘病で、ずっと住み慣れた我が家に戻って数日で亡くなるという大往生。

休日で実家に帰っていた私が、職場に出勤する日の明け方。
急に状態が変わって亡くなったのです。

祖母もまた、私がいる時間に合わせて急変でした。

生まれて初めて、人が「死ぬ瞬間」を見守りました。

どんな風に爪の色が変わり
どんな風に息を吸い取るのか

全部、見届けました。

たった1週間で経験した、
自宅での看取りと病院での看取り。

場所は違いましたが、孫に見守られ、
家族に見送られ、残されたものも納得のいく最期となりました。


「より良い最期は、残された人の心を軽くする」

というソーシャルワーカーとしての学びと

「人は必ず死ぬ。私も最後に後悔しないように生きなくては」

という1人の人間としての学び

私が念願だった総合病院にソーシャルワーカーとして勤務するのを待って、2人は最後の教育をしてくれたんじゃないかなと思っています。

これが、私にとっての「デス・エデュケーション」でした。

終わることを学ぶことは生を学ぶこと

それを体感したのです。

生き方、仕事のテーマを受け取った

この頃から

・より良い最期を迎えるためにはどうしたらいいのか?

・終わりを良いものとするためのサポートがしたい。

ということを強く思うようになりました。

そして、その後勤務した老人保健施設で「看取り」について考える機会が多くなりました。

祖父母の看取り、ソーシャルワーカーとしての経験を通して
「より良い最期をサポートする」という想いを強くしていきました。

 

今の仕事だけではなく、もっと根本的な学びがしたい。

そんな中でインターネットでこの3文字に出逢うのです。

「死生学」


この学びをするために、私は5年勤めた病院を辞めて上京するという選択をすることになるのです。

my story 5へ続く

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