【オワマルmy story5】魂の衝動に従って決断

終わりに◯(まる)と思える生き方を応援する
ライフコーチの小松さやかです。

ソーシャルワーカーとして仕事に就いてから経験した
祖父母の看取りは、2人が最後に与えてくれた「死」についての教育でした。

前回の記事
【my story4 祖父母の看取りというデス・エデュケーション】

にこう書きました。

・より良い最期を迎えるためにはどうしたらいいのか?

・終わりを良いものとするためのサポートがしたい。

という想いを強くしました。

そして、「死生学」という分野に出会ったのですが、、、

「現実逃避」なのか「魂の衝動」なのか

高校2年生の頃から目標にしていた医療ソーシャルワーカーという仕事に就いたものの、現実は大変で、

「退院を迫られている患者さんの転院先探し」が大半の仕事。

バーンアウト気味でした。

その後、配属された老健の仕事も、それなりにやりがいも楽しい毎日でした。

でも・・・
『本当にこれが一生やりたい仕事か?』
と言えばそうでもない感じ。


この先、どの方向に進めばいいのだろう?
と方向性を模索していました。

ただ1つはっきりしていたのは

「人生の終わりをより良いものにするためのサポートがしたい」

という想いだけ。

でも、それってどんな仕事なの?

既存のものから見つける

という思考しかない私は

ひらすら

「ピッタリくるもの(仕事)」を探しました。

そんな中、
インターネットで情報収集し続けていたある日
ピン!と来るものに出逢ったのです。

まるで、運命の人に出逢ったような衝撃でした。

それが

「死生学」

でした。

ウィキペディアより

死生学
(しせいがく、thanatology)は、個人とその死生観についての学問。具体的には自己の消滅としての死に向き合うことで、死までの生き方を考える学問。

そこで私はすぐに行動を取ります。
東京の死生学の学会に参加してみたり
有名な先生の講演会に参加してみたり。

ますます、「死生学」に興味を持って行きました。

ここに大切な答えがある感じがしたのです。

今思えば目の前の大変な仕事からの「現実逃避」

一方であれは

「魂の衝動」だったと思うのです。

まるで運命の人に出逢ったかのように、毎晩「死生学」について調べていました。

上京に向けて準備を始める

そして、社会人が通える大学院で学べるということが分かり、その大学院に入りたい。と思うようになります。

でも

・別に修士号を取りたいわけではない。
・大学院に行くだけのお金はない
・何より英語や論文がある入試に挑む頭もない

と院の入学は最初から排除。
「科目履修生」という枠で受験することにしたのです。

ちょうど、土曜日に私が希望する
「ターミナルケア論」「死生学概論」
が開講されることが分かり、
その大学院の「科目履修生」の試験を受けることにしました。

 

そして、月〜金はソーシャルワーカーの仕事をしよう!
と決めたのです。

彼は?親は?仕事は!?

こうやって書くと、なんだかスムーズに運ばれていったような感じですが、

色々悩みましたよ。


親への説得

大学入学と同時に1人暮らしを始めたものの、県内の大学へ進学、そして県内の病院に勤めたため、親も「このまま県内にいて親のそばにいてくれるだろう」と安心していたのです。まあ、最初は大反対されましたよ。泣かれました。。。

さらに


付き合っていた彼の存在

当時付き合っていた彼は県の職員。
彼自身も私がこのまま県内で仕事をしていずれは・・・という風に思っていたのです。
やりたいことをやることには賛成し、応援してくれていましたが、色々悩ませることになりました。

結果的に、親にも彼にも「2,3年勉強して、30歳になる頃には戻ってくるから」と説得(かなりの嘘つきですが・・・笑。その時は本当にそう思っていたのです)

そして

仕事

組織を辞めることそのものより、お世話になった方々を裏切るような気がして、そこが一番悩みました。

何しろ、前の病院に直接電話までしてくれて、引き抜いてくれたソーシャルワーカーのボスに対して、面目が立たないと。

(最終的には、その方にも直接自分がこれからやりたいことを伝え、快く応援してもらうことができたのですが)

そして何より東京で暮らすお金を自分で稼がないといけない。
仕事が必要だったのです!

この時、私の信念は揺るぎませんでした。

『やらないで後悔するくらいなら、やってする後悔の方がいい』

理想の職場を見つけた!?

とにかく前しか見てなかった私。
次の就職先も、インターネットで見つけることになるのです。

それは、

「在宅医療専門クリニック」

のソーシャルワーカー求人でした。

その時、一番やってみたい仕事でした。

引き寄せた!と思いました。

ところが、その募集先に電話をしてみると

「求人のページには募集と書いてあるが、今すぐの空きはない」

と言われたのです(ガーーーーーーーン)

科目履修生として大学院の試験には合格し、親にも彼にも職場にも最終的は応援されて「上京する」と言ってしまっている。

私は勝手に「採用される!」と思い込んでいたのです笑(相当、自信過剰ですね)


いやいや、私はもう上京するんだからなんとか採用してもらわないとでしょ。

・・・ということで、

「せめて面接だけでも!」と食い下がった結果、

「じゃあ、面接だけなら」

ということで、上京してそのクリニックで面接を受けることになったのです。

28歳になる直前、2月下旬のことでした。

面接では「採用はありませんよ」と言われて帰ってきた私。

一方で、上司には
「辞めるなら、そろそろ退職届出さないとだぞ」
と言われたのです。

4月からの人事を考えると、病院としても動かなくてはいけないタイミングでした。

そこで私は決断します。

「上京することに決めた!」

そして退職願を提出したのです。

東京での面接を終えた2日後のことでした。

すると、なんと!!

すごいことが起こったのです!

my story6へ続く

【毎日配信中】小松さやかのメルマガ

「終わりに◯(まる)と思える生き方のヒント」 「全てが◯(まる)になる起業のヒント」 をお伝えしています。
小松さやかのメルマガ
読者登録フォーム
お名前(姓名)
 
メールアドレス

小松さやかのLINE@ご登録はこちらから

友だち追加

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。